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シングルマザースタッフのブログ

2020.12.12更新

≪セミナーレポート≫ 自分で強くなったからこそブレない人生!猪突猛進で突き進む!(12月5日開催)

≪セミナーレポート≫ 自分で強くなったからこそブレない人生!猪突猛進で突き進む!(12月5日開催)

先日12月5日弊社のお客様によるセミナーを開催させていただきました。

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今回のテーマは『自立した女性』

お話いただきましたメロー裕子様は、両親の離婚を経験し強い女性になろう!と決めキャリアをを築いてこられました。
それにより人生の選択肢が増え、何にも左右されない人生を送ることができています。
キャリアを築いている女性、築きたい女性、マンション購入を考えている女性、自立している女性、離婚を考えて働く女性など自立した女性の強みをテーマにお話をしていただきました。

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みなさん初めまして。宜しくお願いいたします。
はじめに自己紹介をさせて頂きます。
私、メロー裕子と申します。カタカナの苗字なのですがなぜかといいますと旦那がアメリカ人でしてメローという名字になりました。年齢はもう少しで39歳になります。現在3歳の息子がいます。
私の職歴ですが看護師をしておりまして、某大学病院っていうようにチラシの方に書いてあったと思うんですが今年すごく話題になった大学病院で勤務をしておりました。
コロナの事などいろいろあったので、今年の10月を持ちまして退職させていただきまして、今は他の大学で講師をしたりニートではないんですけどフリーな時間をエンジョイしながら今回この話を頂いて講師っていうのもおこがましいんですが少し私の人生をお話させて頂けたらなと思います。

【もくじ】

  • ● 幼少期から両親の離婚
  • ● 二宮金次郎生活
  • ● 結婚生活
  • ● マンション購入のきっかけ
  • ● 三足の草鞋から離婚準備へ
  • ● 自立の対義語は依存

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幼少期から両親の離婚

幼少期

まず私の幼少期からのお話なんですが、どうして私が強くなっていったかっていうのがこれを聞いてもらえれば分かると思うんですが、私の母なんですが、若くして結婚しまして18歳の時に私を出産しています。なので駆け落ち同然みたいな感じですごく貧乏な生活をしていました。
私がすごく覚えている記憶としてはうちの父が魚の卸問屋みたいなところで働いていてそれの2階が社宅みたいな感じになっていて、一本の階段があり廊下が繋がっていてそこに何部屋かおうちが入っているようなところにわたしが幼稚園のバスから降りてそこから上がっていくとなぜか鶏が放し飼いにされていて上がるたびに鶏がくるのがすごく怖かったっていうイメージでした。なぜかというとお金のない人たちが社宅に入っていて、5人子供がいるという人たちがわらわらいるところだったので、卵とったりとかしてたんでしょうね(笑) ある日鶏がいなくなったのは今でもどうなっちゃったんだろうって思うんですけど そういう中で生活をしていました。小学生になって突然父が起業して、バブルの波に少し乗れたので結構バーン!と成金のような生活が始まります。中1の時にイギリスに留学させてもらって、それは良かった点なんですが、そんなには長くは続かなくてバブルが翳ってきたのと同時に、うちも翳ってきてしまって バブルと共にうちも崩壊しました。

両親の離婚

離婚になってからはほんとにお金がない状態、今まで50万くらいのお家に住んでたんですけど一気にお金が無くなっちゃったどうしよう、と。父も帰って来なくなり気づくとバンのようなところで寝泊まりしてたりとかお金が全然ない中で母とどうしようかという話になりました。
今思うと父はすごくモラハラで、母を外で働かせたりはしたくなかったんですよね。でも、お金は入れない、離婚はしないっていうようなやりとりだったので、「これは夜逃げするしかないよ」みたいな話になりました。父は魚の卸をしていたので夜中に仕事に出てお昼くらいに帰ってくる生活をしていたので、私たちも夜逃げをしようとなり、普通に今まで通りの生活を装って、突然夜になったら夜逃げ屋本舗みたいな人が来て一気にバーッと荷物を詰めて家を飛び出したんです。
次に移った家っていうのは1LDKくらい、弟と母と3人で築50年くらいたってるんじゃないかというところに住むことになりました。

自立へのあこがれ

その時に思ったのが、母が働きたい気持ちはあったけどモラハラ旦那に社会に出ることを許されなかった人なのでキャリアが全然ない、18歳から結婚して家を飛び出たのが30半ばくらいだったので仕事を探すといってもすごく難しいし、正社員とはいってもバブル崩壊っというのもあってなかなか職場を得ることが難しくてバイトをいろいろしてつないでいるのをすごくみていて、私的に「あ、女性って弱いんだな。男性から離れたとき自分に何もないと、自分自身で生きていくのはつらいんだな」っというのを子供ながら思ったのを覚えています。なので、その時には自分の足で立って自立した女性というのを目指していこうと決めました。

母の宣言、将来設計

離婚の裁判や調停がありまして、その前に夜逃げとかしてはいるんですけども、正式に離婚が決まったのは私が高校1年生くらいの時でした。高校に入学したときに母に言われた言葉なんですが「高校までは頑張ってお母さんが育てるから、だけどそこから先は自分でどうか頑張ってください!」って頭下げて言われて(笑)
そういう宣言をされました。
「そっか、頑張んなきゃいけないんだな…」っというのをすごく思って、
私その前に成金時代があってので、私正直将来の夢ってものをを考えたことがなかったんです。 このままお金が無くなるとも思ってなかったので、高校出たら海外の大学なんかに入ってキャンパスライフをエンジョイしちゃってなんならあっちで生活とかしちゃおうかな、くらいにしか考えていませんでした。
しかし高校生になると進路とかでてきますよね。
母にも「そっからは自分で頑張ってください」と宣言されたし…えーちょっと待てよ、と。私こっからどうやって生きてかなきゃいけないんだろう私の人生。ってなんかすごく放り投げられた感を感じたんです。でもやっぱり母を見てて、自分もいつこうなるかわからないなっていうのをすごく感じたので、進路の先生にまず開口一番言ったのが、「女の人がキャリアを積んでいく上で、お金に困らない職業って何ですか?夢とかいいんです、それってなんですか?私とにかくお金が必要になると思うんです」と相談しました。
先生からは「夢も希望もない女だな」と言われたんです(笑)
でも私は夢とか希望っていうよりそこがすごく大事な部分になって、先生に言われたのは「じゃあ看護師かね」っと。じゃあ分かった私は看護師になるしかないんだなってその時に思って、看護師になる道を選ぶことに決めました。

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二宮金次郎生活

二宮スタイル

高校1年生の時に看護師という道を考えたんですが、そこから入学をして国家資格を受けていかなければいけないので、その入学資金や学費が必要になるのですが 、母から「任せたよ」と言われてるのでバイトをしなければいけない!と思いすぐアルバイトを始めました。
ほんとに二宮金次郎の様な生活を送っていました。
朝起きて、学校行って、学校終わったらすぐアルバイトをして、アルバイト22時くらいまで。暇な間にお店の中で宿題をしたりしながらやって、、、、勉強では、学生なので中間・期末がありますよね。そこで2週間、3週間休みを取っていたら稼げないじゃん!ということで、試験の5日くらい前までバイトをしてっていう生活をずっと繰り返していました。ぎりぎりまでそれをやっていまして、自分の中で逆にすごくそれが社会勉強になったなって思っていて、最近私のところに入ってくる若いスタッフとか、結構大事にされてきているのであまりアルバイト経験ないよ、とかアルバイトも辛くないようにしないと辞めちゃうのでみんな社会勉強って感じではなく、仲間同士で気楽なバイトっていうような子が多かったんですが、私がバイトしていたのはただのクレープ屋さんだったんですけど、ほんとに怖いおばちゃんが一人いてそのおばちゃんに気に入られないと辞めさせられちゃう!みたいなところでした(笑)でも私の性格もあってかすごくやらせてもらえたんですけど、その分いつも人がいないので私が夏休みとか冬休みに入った途端、今までずっとおばちゃんたちがフルで働いている分私に全部任せるんですよ。なので私の夏休みとか冬休みって、朝店のオープンから最後店締めまで全部一人でやったり、そういう生活をしていたので結果的にはお金はすごくその時に貯められました。有難くもあり、学生生活を捨てたようなものなんですけど
そこでいろんな大人の人と触れ合ったりとか、発注や管理をしたり社会の仕組みなどが学べたってことが今の自分にも生きてきてるなっていう所を感じています。

勉強と資金

その後、ほんとに毎日毎日勉強し続け、受験をしなくてはいけないのですが、受験するだけでもすごくお金がかかってくるのでそこもどうしても回避したかったのでそれを学校の先生に相談しました。
先生に相談したら「じゃあそんなにいろいろ受験をしないで、行くんだとしたら推薦入試を狙いなさい」って言われたんです。
そうすれば別にお金もかからないし、無駄に受けることもないでしょって言われたんです。でも推薦入試を受けるためには評定平均が良くないと無理なので、中間・期末っていうのは私にとってすごく落としちゃいけないところだったのでそこを死ぬほど勉強しました。やっぱりみんなそれに向けていろいろ塾とか行っているんですけど、そこだけに絞ることで塾に行く必要性もないので、お金もかからない、とにかく日々の学業だけをしっかりやって推薦を取るっていう方法を選んで私は入学をしました。そして晴れて女子医大専門学校に入ることが出来て、その時やっぱり入学金50万とかあったりするんですけど、看護の世界って看護師さんはほしいので国が結構優遇してくれてお金安めではあるんですね、なので年間60万位。働きながらと奨学金とでやりくりしながら頑張っていました。

看護師としての生活

看護学校って、、、、地獄なんですよね(笑)
大学生って4年間あるので結構緩いんですが、3年間ですべて詰め込まれるし、テストを落とすと国家試験受けさせてもらえない等いろんな縛りもあるので、またそこで勉強生活とアルバイト生活を繰り返してまして、結局専門学校を卒業するまで二宮生活は全然変わらなかったです。
無事国家試験に受かることができ、看護師になることが出来ました。
職場選びってところになってくるんですけが、クリニックで働いたり美容業界で働いたり同じ看護師でもいろいろあるんですが、私の中では今後何かがあっても安定して自分の足でと考え看護師の仕事を手に入れたので、じゃあ職場どうしようってなった時に、やはり大学病院を選択しました。
企業でいうとすごく大きい母体で安定した収入と福利厚生が得られるっていうところで大学病院に入りました。

しかし看護師業界に実際に入ってみて思ったのは、確かに給料は見た目いいんですが、夜勤もすごく多かったりするし、女性社会なので独特の雰囲気と嫌がらせじゃないですけどそういうのも有ったりとか。なかなか嫌な世界だなっていうのをすごく感じていました。
救われた部分として東京女子医大は女医さんが多く、女の人だけのお医者さんを育てる学校があってそのままその人たちが就職してくるので他の大学病院とかいろんなとこと比べてもほんとに女性の割合が高いんです。 で、看護師ももちろんすごくいるので、どこをみても女性っていうのがあって、男性に何か言われてすごく男尊女卑を感じるっていうが少なかったところがいいところだったのと思っていました。
他のところを見ると上の男の人がトップダウンして女の人が言う事を聞いてるみたいな雰囲気っていうがうちの大学病院には全然なかったです。
今はいろいろあって女子医大はやめていますが、今の時代にあっている部分だったかなと思います。
私たちの業界はテストが受かったからっていってそのまま仕事をし続けていてもダメで、医療って日々進化していくのでその中でも結局勉強生活っていうのは変わらなく続いていきます。
新しい事が来たら自分で勉強して、休みの日には自分でお金を払ってセミナーを受けに行ったりし、最初の頃はそれがすごく「なんで自分のお金使ってまでこんなにやんなきゃいけないんだろう」って思ってたんですがそれを繰り返していくうちに、それが自分の力になってキャリアアップしていっているということが感じ取れました。
知識が増えていくと、周りから慕われたりして、自分のやっていることって間違っていないんだなって感じられました。

キャリアと自己実現

結局キャリアを積んでいくってことが自己実現にすごく繋がっていてその分お金は増えているし、知っている人も増えるし、助けてくれる人もすごく増えたりするので、キャリアっていうものを大事にしていかなきゃいけないなと感じております。キャリアがなかったりすると、職歴もないしどうしよう…って踏み出すのが怖かったり、次のところに行ったらどうしよう…ってあると思うんですけど
それなりに自分が踏ん張ってキャリアを積んでいくと次にいった時にもそれがゼロからではなく、自分が積んできたものとかの力があるのでそれを生かすことが出来ると思っています。
ですので現在は大学病院を辞めて次に1月19日(2021年)に新しいクリニックをオープンするんです、先生と。
私は 16年間ずっと救命救急センターで働いてたのですが、そこの救命救急センターで仲良くしていた先生が開業しますということで、クリニックでは珍しいんですが救急という看板を出してオープンするんです。
それに先生が声をかけてくれたのって自分が頑張ってキャリアを積んでやってきたからこそ認めてもらえた、これでただ私が努力しないで一スタッフとしていたとしたらこういう話もなかったのかなっと思うので自分のやってきたことが認められたなって気がします。
それプラスキャリアアップの一つとしてお金もあげてくれるので前向きな転職という事で辞めさせていただきました。
本当はちょっとコロナでイラついたっていうのもあるんですけど(笑)
本当にひどいんですよ!?ボーナスもくれない、最前線で働けってどんどん押しやられる。どうしたらいいの!?みたいな(笑)ひどいの!防護服もくれるんでけど、それもなんか配りに来る人とかもうちの病棟が汚いみたいな感じで、ポイッと投げるみたいな感じで、ばい菌扱いみたいに思いながら日々働ていました(笑)

結婚生活

結婚

アメリカ人と結婚したって始めに言ったと思うんですが、なんでアメリカ人かっていうと男尊女卑とか女性が弱いとか、男性が手伝ってくれないそういうのがすごく私の考えとは一致しなかったんです。
甘い考えだったかもしれないんですけど、じゃあ国を変えてしまえばもしかしたら求めてるものがあるかもしれないと思い、アメリカ人チョイスをしてみたんですけども(笑)
まあ、そんなうまくいかないですよね。
旦那はもともとアメリカで働いていてIT系のプログラマーなんですけど、そう職業なのでこっち(日本)に来ても働くことって出来そうっていうので旦那が来るよって言ったので来てもらいました。でもなぜか来日するときのお義母さんの条件が、旦那が日本の大学を出ることだったんです。
うちの旦那の家系は全員大学を出ているってところを誇っていて、うちの旦那だけでていなかったので…だったら日本で大学を出てほしいというこのだって様です。「そうしたらいいじゃない!」って義母に言われて、「裕子さんだっていいでしょ?そしたら彼(旦那)だってもっとキャリア積めるわよ!」と。ちょっと洗脳された感はあるんですけど「確かに投資になるかもしれないね!」と思い、「じゃあいいよ、私稼いでるし、あなた一人くらいみれますよ!」と(笑)
この時点でバカだったんですよね、3年くらいすれば返ってくるのではないかなと軽い気持ちで引き受けてしまいました。

当初大学卒業が2年のはずだったのですが、単位落として3年になったんです。結婚したのが27歳なんですけど、子ども作りたいって言っても学校行ってる間は無理だよねっていう話で3年間我慢していて、その後に晴れて卒業したんですがやはり30歳でそんなに職歴もないアメリカ人なかなか仕事探すのが世の中難しく見つかるまで半年くらいかかりました。
私も子供も欲しいし「どうにかしてよ」と思っていました。
子供が出来ないのもなんでかなあと思っていたらうちの旦那の方にも問題がありまして、不妊治療をしなきゃいけなくなり不妊治療後やっと妊娠した!って分かったんです。

夫の転職事情

妊娠が分かった時くらいにやっと日本で雇ってくれるところを見つけて働いていたんですけど、働き始めて半年くらい経った時に「辞めたい」「合わない」とすごくぶつぶつ言っていて、妊娠が分かった1週間後に辞めたんです突然。しかも11か月しかたっていなかったので失業保険も全然下りないっていうことが分かって…その時に、離婚っていう言葉も一度よぎりました…
とにかく自分で次の職場を見つけてくると言って、半年後位に次の仕事を見つけてきて働き始めたんです。でももう旦那に信用がないわけですよ。
なので私妊娠してたんですけど夜勤バリバリやらせてくださいって言って1ヵ月に8回くらい夜勤に入っていました。夜勤もしながら普通に働いて、なんかあって別れたとしてもやっていかなきゃいかないので当面のお金は必要だと思い夜勤に入って働いていました。おなかが張ってるって感覚もあまり私はよく分からなく動いちゃったり、集中しているので分かっていなくて、まんまと7か月くらいで切迫早産になっちゃって結局お休みに入らなくちゃいけないことになっちゃったんですけど。そこから少し休みを取って出産しましたが、出産後すぐにまた旦那が辞めたいっと言い始め、子どもが生まれてちょっとしてからまた仕事を辞めるんです。でも私は1回目の時に条件を出してたんです。辞めるんだとしたら次のところをみつけてから。って見つけてもいないのに辞めるなんていうのは言語両断っていう話をずっとしていたのにも関わらず辞めてしまって、「この人本当にないな…」っていうのはその時からずっと思っていました。でも腹が立つことに2回目を辞めた後に、「5か月以内に次を見つけられないならもう離婚します」って私宣言していたんですけど、3か月くらいで見つけてきてきました。今まで日本の企業が合わなかったって言って、今度は外資の仕事をみつけてきてお給料が良くなったんですよ、そしたら反省の色を見せず「ほら言ったでしょ、辞めて集中した方がこんなにいい仕事をみつけられたんだよ」って言われるようになり、本当に腹立つわと思いました。
でもその時から、私も彼に信用はないけど、子どもも小さいしとりあえず働いてね、ということで離婚のことは現実的に考えていました。なので、彼が外資の会社で働き始めたところから家計を折半して離婚の準備をしました。お金は各自別々だから何かあってもお互い手を付けないようにしましょうっていうことを決めました。

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マンション購入のきっかけ

マンション購入のきっかけなんですが、ちょうど結婚して3年目なのでうちの旦那が大学を卒業したころです。
私も全然旦那も学生だし買うってこと考えてなかったんですけども、私の母たちがここプリンセスさんで家を購入してたんです。
母が「ちょうどたまたま実家の目の前の物件が空いたよ。家近いと今後子供とか産むときとか手伝ってあげられるしいいんじゃない?」って言うので見に行くことにしました。
私の中では家を買うなんて全然想像していないときに、一応その物件を見に行かせてもらって、そこにいたのがプリンセススクゥエアーの飯沼さんです。
その物件は築年数少し経っているんですけど、管理会社もしっかりしてるよという話だったり、お部屋の中も2LDKだったんですが、もともと3DKだったのを一室抜いて2LDKにしていてすごくリビングの広い部屋でした。それを見たときに、「ありだな」って私の中ですごく思い、その時30歳くらいだったんですが、貯金が全然なかったんですよ。貯金がなくても家って買えるの?って、私の中でも頭金何百万みたいなのを揃えてからでないとマンション買えないっていうのが常識だと思っていたんですけど、飯沼さんに聞いたら「お姉さん、頭金はいくらだせるの?」って聞かれて、「え、本当の事言っていいですか?10万です」って言ったんです(笑)
そしたら飯沼さんに「ぇ、10万。10万ね~!面白いこというね」って言われたんですけど、「まあだけど仕事をしているし職歴としてはキャリアもあるし、女子医大なんでローンを通してみます」って言ってくださって、、、「でももちろん旦那さんはローン組めません。外国人だし職歴もないし、旦那さんは無理です。でもあなただけだったら通せます。」って言われたんです。
ということは私の名義で私自身がマンションを持つんだ…やっぱりちょっと不安になるんですね、4000万くらいが私の肩にのしかかるんだっていうのと、旦那にも不信感があったので。
でも考えたときに、自分の財産をもってやりくりしていくってことを考えたときに嬉しくもなったんです。
今まで母を見ていて、女性って弱いなあ…って。自分で自分のことを出来なくて依存しないと家って買えないのかなって思ってたのが、そんなことしなくても全然いいんじゃん。という所にすごく気づかされました。自分の責任で自分でお金を払って自分で財産管理…ちょっとカッコ良くない?っていうのをすごく思いました。
やっぱり国家資格っていうことでローンを優遇されているっていう所があるのを知らなかったんですけど、あるんですよね。
ローン審査も信用度が高いから諸経費込みでローンが組めたっていうところがすごく有難い事だったと思います。

三足の草鞋から離婚準備へ

3足の草鞋を履いたタイムテーブル

子供が生まれて旦那への不満っていうのがすごくたまり、男女平等だと思って結婚したアメリカ人なんですけど、別に家事やってくれるわけでもない、育児をすごくしてくれるわけではなく、ライフスタイルでいざこざが出てくるようになりました。
私がどんな生活を送っていたかっていうと、朝6時くらいに起きて自分と子供の支度をして保育園に送って、就業8時からだったので救命センターに行ってそこから仕事。本当は終わりは17時半なんですけども、絶対17時半には終われないので、なんだかんだ18時半とかになってお迎えに行きます。
旦那は何をしているかっていうと、仕事が10時からなんですけど朝は弱いからといって一切起きてきません。で、挙句10時から働いて仕事20時までで帰宅が20時半、なので結局お迎えに行ってご飯作って家事は全部私なんです。彼がやることは帰ってきて出来れば子供のお風呂を入れるとか、寝かしつけもお願いするんですがそれもやったりやらなかったりです。その後唯一2時間だけが自分の時間なんですが、仕事の残務が有ったり主任っていう立場だったのでデスクワークできない分がここに押し寄せてくるんです。それで気を失ったかのように寝て、また朝6時という生活です…(笑)
子どもを産んでから旦那が仕事をすぐ辞めたりそういうのがあったので、やっぱり働くことが好きというのもあったので育児が結構辛かったんです。
しゃべらない生き物と向き合うのは初めてだったのですごく心配だったし根詰まってしまい、私の中では子供と二人きりでいるという生活がだんだん辛くなってきたのもありました。
お金のことも心配だったので子供産んで6か月で仕事に復帰しました。
それからはずっと先に述べたような生活をしているような状態でした。なので、職場復帰してからは、妻だし、母だし、看護師だしっていう3足の草鞋生活がスタートします。
こういう生活を送っていると、私のしたかったのってこんな事なのかな、とか幸せって何?みたいなところに立ち戻ってきて、旦那がいるからやってくれて当然って家庭もあるけれど、うちはやってくれないしただ単に旦那の分の家事、洗濯物も増えるし、なんでこの人ご飯食べてるの、なんでこの人洗濯物でるの?とかなんでお風呂入ってんの、なんでトイレ行って掃除しないの?という気持ちにどんどんなってしまったんです。
お金なら今の状況を続けてれば自分で稼げるし、3足の草鞋をは履いていく必要はあるのかなっとすごく思えてきて、 だったらもう2足の草鞋もありではないかと思い、離婚を考えました。もう母と看護師この2足だけ履けば、妻ってところはいらないなと気が付きました。

離婚準備

離婚ってことを今考えております。まだ離婚はしてはいないんですが離婚の準備はちゃんとしなきゃと思っていて、最初のステージとして家計をしっかり折半してお互い手を付けないってことを始めたのと、やはり離婚をしてもローンの返済っていう部分があります。私の買ったマンションの額でいうと月々返済12万。でも新宿の真ん中に住んでて2LDKを12万で賃貸で住めるかっていうと絶対住めないじゃないですか、なのでこの12万って確かにちょっと高いけどすごく価値のある物。両親も近いし面もあるので、どうしてもこの家だけは私が取って、返済はしっかりしていかないとなっていうところでお金の面はすごく悩みました。
でも今回新しいところから声をかけられて収入もアップする見込みがあるのであれば、もういらないものは捨てて、欲しいものだけを手に入れようと思ってそうすると12万返済っていうのはできなくないなって自分の中で計算しました。じゃあ生活の質ってどうなるのと考えました。質は落ちちゃうかな?って考えたんですけど、今まで何も考えずにしていた出費を節約した、今いろんなプラン出てるのでガスと電気を一緒にしてみたりとか、イデコとかニーサとかいろいろ住民税を安くしたり、自分自身でお金のマネージメントとプランニングをちゃんと考えてやっています。あとできるだけ貯金はしようかなって思ってコツコツとしていました。子供の学費もすごく気になりますよね。自分が離婚しちゃったら子供に満足いく教育って与えられないのかなってすごく考えたんですけど、私今回退職したので退職金が出るんですね16年間だったので。その退職金をまるまる手を付けないでそっちにまわそうってところでプールしました。そうすると安心は安心。
これだけの確保が出来ているから子供の学費のことは心配しなくていいや、あと養育費の取り決めはもちろんしているんですけど、とりあえず離婚した後は日本で少し働いていると思うんですけど、アメリカ帰られちゃったら養育費の保証も全然なく、なのでここはほぼほぼもらえればラッキーくらいで考えないようにしています。
なので養育費なしってところでどうやって生活をたてていくかってところを計算していくと、そんなに全然大丈夫そうだなっていう概算がとれました。離婚するにあたって公的なところで協議離婚をするんですけども、ただ口約束だけだと裁判に持っていけないとかもあるので、ちゃんと公証役場の方でこれからちゃんと書類作って離婚のときに出そうっていう準備をしています。一応そのくらいの準備をしておくことで、今後の生活に対して安心感と、見通しが立つなって思いました。「いやでもやっぱりお金がないから離婚できないわ…」って人結構いるじゃないですか。
子どもどうしようとか、でもフルで仕事もって人生設計を立てていくと今の時代ってそんなに難しいことはないなってことが見えるかなって思います。
そうするとやはり自信になっていくんです。自分の足でこんだけ立てるんだってことが分かると自信になります。

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自立の対義語は依存

今回自立の対義語は依存って言葉を出させてもらいました。結婚して依存してしまうと相手ありきで考えちゃうんですよね。
今の収入が旦那のがあって自分のがあっても旦那の方が大きいから離婚できないんだ。とか、でもそれってあなたにとって本当の幸せですか?って疑問に思うんです。依存しないで自立してれば怖いものないじゃないですけど、自分で決めたいものは自分で決めれるし、別にできないことがあったとしてもそれで後悔じゃなくって、それに見合ったことをすればいいだけの話で。
キャリアを積むといいことがあるよってことも前向きに出させて頂こうと思って、キャリアが上がるともちろんお金が稼げるのは当たり前なんですけどそれだけじゃなく、何かもっとすごくいいものがあったなって私の中で思ったのは、人生の選択肢の幅がすごく広がる、お金も稼げてキャリア的にもステップアップしたい時も次の仕事も自分で選べるし、そういう人生の選択がすごく増えてくるなって感じています。依存しているとやりたくてもやれないとか、決めたくても全部旦那さんに聞かなきゃって事があると思うんですが、そういうのっていらないな、と思っています。
それこそ結婚も離婚も自分で決めれる、私は“甘い”旦那を捕まえてしまって失敗しましたけど…でも自分が本当にお金を稼いでいて、その人が好きだ!と思っていたなら、養おうと思えば結婚するのもありだし、無理と思えば離婚すればいい。
何が言いたいかっていうと我慢しなくていいってところですよね、すごくいいところは。そして自分が成長したところでまた新たなキャリアがもちろん詰めるし、次の世界に連れてってくれる新たな人とも出会えるんですよね。
今まで自分がいたところでキャリアを積んでちょっと違う所に出ると、また違う人と出会ってその人たちが引っ張り上げてくれるというか、そういうのを今の人生の中で感じています。また仕事が自分を支えてくれるってことで、仕事の世界とプライベートの家庭の世界ってちょっと違うじゃないですか、でも仕事で嫌なことがあった時に家に帰るとかわいい子供がいて自分の生活があってホッとできる場所があってというのが確立されてる、逆にプライベートで嫌なことがあっても職場に行って仕事に打ち込みとそのことを忘れられる。なので仕事があるってことって自分を支えてくれる大きなものだなって思います。さらに仕事の仲間が出来てその人たちとチームで動いたりすると自分を必要としてくれてる、そういう関係が生まれると自己肯定感も上がります。私って役に立ててるんだ、こうやって仲間を支えたりできるんだ。でもこれが家庭だけに入ると旦那と子供だけって、自分を認めてもらってるって気持ちあまり生まれなくないですか…?
すごく出来てるよ!って言ってくれる人もいないし、逆に何がすごく悪いっていうのもわからない、子育てってすごく闇の中なので手探りでこれがいいのか悪いのかわからない。私がやっていることが本当にこの子の将来にとっていいのかなんて誰もわからない、でも仕事にいると仲間が助けてくれて、なにかの成果を出来て、私でもこんなことが出来るんだっていうのがつかめる。自己肯定感をあげれるっていうのはすごく大きいなと思います。そして、自立した女性はすごく魅力的っていうこと。
視野も広いし、話の話題もいっぱいあったりとか、人に依存しようと思っている訳じゃないので自信がある人が多いんですよね。

うちのスタッフにもよくいたんですけど「私、玉の輿に乗りたいんですぅ」って(笑) 医者狙いほんといっぱいいるんですよ(笑)
「玉の輿に乗りたいんです!」って、じゃあ乗れば、って思うんですけど、でも私いつも聞くんです「玉の輿に乗ったとするよ、でもそれで何が幸せなの?あなたのお金じゃないじゃん、あなたが稼いでないじゃん、ポイッてされたらどうすんの?」って。そしたら「看護師戻ります。」って言うんです。それってあなたの幸せなの?ってすごく思うんですよね。
玉の輿乗る人って私一番女子の中で嫌いなんですけど、「てめえで稼いで来いよ!」って気持ちがすごく強いので(笑)でもそういう人ってキャリア積んでる男性からしてみたら面白くないと思うんですよねえ。同じようなフィールドに立って同じところで戦って、言い合える50-50の関係性っていう人の方が求めあうと思うんです。なので私は離婚しても次の人がいるかな。って思ってるんですけど(笑)すごい前向きですよね。その分魅力も磨かなきゃなって!!なので、私は自分が弱者だって気持ちとかは捨てた方がいいと思ってます。女性って本当は強いし、その方が魅力的に輝けるんじゃないかなって思っています。
今回本当にマンションを買っておいてよかったなって思う所なんですが、怖いものが少なくなったって言うんでしょうか、人間って衣食住が生きてく上で大事じゃないですか。
この住っていうものが自分で手に入れてコントロールできるっていう事が分かっただけでも、後はじゃあ着るもの、食べ物。「着るもの=裸じゃなきゃいいじゃん」「食べ物=そこらへんのもの食べればいいじゃん」って思うんですけど、住むところってなかなかそんな簡単にいくものじゃないので、そこを手に入れるとすごく大きいなと思ったんですよね、買ってみて。
離婚するってなった時もよかったなって思っているところで、今後の老後を考えたときに、築年数古くなってしまうけれど自分の住める場所があってその時にローン返済も終わっているってなればすごく安心。それこそ自分がどっかに行くってなった時でも、財産として人に貸したりとかもできて資産運用っていう形にも出来る。確かに買う額としては大きくて最初は「ウッ」てなると思うんですけど、今後のことを考えたときは、人生の中の安心できる材料になったかなと思っています。 安心した分他のことに邁進できる。そこの”住”の部分と、私の3歳の息子の事とか、今の時代大きな会社もどんどん潰れて行っちゃったりとか、社会情勢どうなるか分からないんで、いいところに入れていい大学に行かせてっていう安定のレールが全部なくなっちゃった気がするんですよね、なのでそこらへんは日々情報を取ってこうと思ってます。
うちの子は完全にウエンツ瑛士なんですよ(笑)うちの中でも9.9割日本語でしゃべっていて英語喋れなくて…でもまあ英語がどれだけ必要なのかな?って思う所もある。将来的にすごい翻訳機が出てくるかもしれないし、そこらへんは深く考えていなくって、それこそこれからアジア経済伸びていくのかなって、だとしたらアジアで近くて安い分留学っていうのも手が届かない選択肢ではないかなってところも、日々情報は仕入れようと思って頑張っています。

お客様からの質問にお答えしました

質問①:現在戸建てに住んでいて、とはいえ細長い家なのでいずれマンション購入する選択肢もありかなあって思いながらお話を伺っていたんですが、マンションならではの良さって何かありますか?

回答:マンションならではの良さは、共用部分の掃除をしてくれるし、ゴミも24時間好きな時に捨てていいしなんならちょっと…分別雑でもおじさんが全部やってくれたりとか(笑)あと荷物の取り置きしてくれたりとか、誰かがいるのでそこらへんは手をかけなくていい。あと近所の付き合いとか、戸建てだと区の町内会とかありますよね、ゴミ当番とか、そういう煩わしいのもなくてそれが好きです。

質問②:マンションはいつぐらいに購入したんですか?購入時は財産分与とかそういうのはきっちりやっていた?

回答:ちょうど30歳ですね。35年ローンにしました。
購入時に私は旦那としっかり話をしとけばなって今になって思うんですけど、やっていなかったんです…。次結婚することが有ったら先にそれはしっかりやっておこうと思いました。自分の財産部分は結婚しても差し上げませんよ、って。
結婚後のマンション購入ってなると財産分与の対象になっちゃうんですけど、そこは話し合いをして私がもらいますってことで、もらえることになったのでよかったんですけど。

以上

メロー裕子 様 本当にありがとうございました。

最後までお読みいただき本当にありがとうございます。
是非動画の方もご覧になっていただければと思います。

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