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シングルマザースタッフのブログ

2021.02.15更新

「帰る場所」があることの大切さ

「帰る場所」があることの大切さ

これは、あくまでも私の考え方と、経験になります。
我が家は貧困でした。
昭和52年に、日本残留孤児第2号で日本に来ましたので、収入も無く、両親は働きながら日本語学校に通う必要がありました。

雇用形態は時給制のアルバイト。母は中華料理屋の皿洗い、父は夜間、コクヨウの倉庫でクレーンを使う仕事をしていました。

そのため、私たちの面倒は長女(10歳上)がすべてしてくれていました。
こんな状況でしたので、江東区の都営団地 (43平米3DK)に、家族6人で生活をしていました。

当時は、都営住宅の中にも同じ年齢の家族や、同じように中国から来た家族も多かったので、幼馴染や、家族ではないけれどお兄ちゃん、お姉ちゃんと慕う友達もたくさんできました。

今は高年齢化社会になっていますので、私達のような家族でも都営住宅に当選することは難しくなってきていると思います。

お子様をお持ちのお客様に聞いた話ですと、同じ学区内、同じ学校に通える場所の都営住宅は空きがほとんど出ないとのこと。
そのため、都営住宅に住むためには、希望エリアを大きく変える必要があるそうです。

離婚後、ただでさえ子供には寂しい思いをさせているのに、友達まで奪ってしまうのは可哀相。そんな思いから、なかなか住む環境を変えられないということもあるのではないでしょうか。

私事ですが、2年前、都営団地に住んでいた母を天国に見送りました。

母は兄と同居をしておりましたので、兄に都営住宅の権利が相続できないかと、区役所に確認をしてもらいました。

その結果、権利を相続する子供が60歳以上にならないと相続はできないということが分かりました。

兄には、急遽アパートを探してもらい、母と兄が住んでいた都営住宅の中身をすべて撤去し、区役所に返しました。

その時、私はこう感じました。
この都営住宅の家賃はとても安かったですが、遅かれ早かれ、出なくてはいけなくなるのであれば、もっと兄に自立心を持たせ、マンションを購入させておけばよかったと。

この都営住宅の権利については、父との離婚や別居の際にも権利の取り合いで揉めましたので、ここを出ればこのような喧嘩はなくなるのにと、いつも思っていました。

結局、兄は交通の便が悪い神奈川県の奥地のアパートに、56歳にして引っ越しました。

母がいなくなり、兄の老後の面倒は私が見るつもりです。
でも、こんな兄弟は、世の中にどれくらいいるのでしょうか?

母は、亡くなるまで兄を心配していました。
人は悪くないけど、仕事に関してはなかなかうだつが上がらない人っていますよね。
せめて、人様に迷惑をかけないように生きていって欲しいと思うのが親心です。

お母様方が、マンションを持つ理由は様々だと思います。

最近、なかなか社会に出られない子供も増えています。
いろいろな意見はあるかもしれませんが、どうしようも無いことって本当にあると思います。

私も母が元気な時に、兄のことを『お母さんが甘やかしたからだ』と、何度も責めていました。
本当に、母には苦しいことを言ったなと、今は深く反省しております。

マンションを持てるのであれば、または、その元気があるなら、是非、皆様にトライだけでもしていただければと思います🌸

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